歌は癒しである


私の周囲では話題になってるアレサ・フランクリンの映画「アメイジング・グレイス」を見てきました。

https://gaga.ne.jp/amazing-grace/

何度も繰り返して聴いた曲達が鮮やかな映像で蘇っています。

アレサの魂の叫びが空間を震わせて、
そこにいる人たちの魂も揺さぶる。
本当に神がかりとはこのこと。

私はかなり冷静に映画を見ていたけど
それでもじんわりと涙が溢れてきました。

なぜ私たちはアレサの歌にこんなに胸を打たれるのか?

驚異的な歌唱力だから?
類い稀な表現力のせい?
凄まじい広い音域のため?

・・・もちろんそれもYES

でも、決してそれだけではないって
言葉にできなくてもみんな、知っています。

じゃあ、これが賛美の歌だから?
宗教音楽だから?

・・・それもあるかもしれない。

でも、私はクリスチャンではありません。
ゴスペル音楽が大好きで歌っている
人の多くがノンクリスチャンだと聞きます。

私自身、ゴスペルを歌うことや聞くことを
本来の意味での「教会の賛美」として
行うことはほとんどありません。


20
代でゴスペル音楽に魅了されて、
米軍基地関連の先生のクワイヤーに入って歌ってきたり、
当時全盛期ともいえたゴスペル関連のお仕事も、たくさんさせて頂いてきました。

ノンクリスチャンである自分が
ゴスペルを歌うことに対する
後ろめたさに似た気持ちを
抱えたこともあったけれど、

信仰心はあるほうだったので、
手前勝手な解釈で落とし所をつけてきました。

誤解を恐れず言えばその経緯に違和感はなく、これでいいとさえ思ってます。

こちらに詳しく書いてあります。

でも、そんなわたしが、わたしたちが
なんでこんなに心揺さぶられるのか。

それは、「歌は癒しだから」なのではないか。
特にゴスペルは祈りとともにある癒しなのではないか。

そう感じました。

苦難の歴史とともにあるゴスペル音楽。

NYとサンフランシスコで黒人教会で
ゴスペルを聞いた時に、
DNAに刻まれているであろう
深い想いが伝わりました。

この映画のライブもそうでした。

特に、この当時1972年は、公民権運動から約10年後です。
奴隷解放宣言(名ばかりのではあるけれど)が出されて100年ちょっとなんですよね、たったの。

現在でも根強い問題があるけれど、
今以上に多くの人たちの背中に
その辛い歴史の影がくっきりと
そして重くのしかかっていたのではないかと想像します。

自分ではどうにもできない大きな渦の中で、奇跡や希望や救いを見出し神に祈る歌。


誰もが知らず知らずに、そこに自分を重ねているのではないでしょうか。

・・・

多くの人が自分ではどうにもならないことに今も苦しんでます。

もちろん、アフリカ系の人たちほど
非人道的で過酷な過去を持っている
わけではないけれど、

自分で選んだものでは無いものに対して、思い悩んでいます。

・なぜこの時代に、この国で生まれたのか?
・なぜこの両親から生まれたの?
・なぜ自分が病気になったのか?
・なんでコロナに翻弄されるんだ?

どこにぶつけていいのかわからない
怒りや悲しみや苦しい想いが、
アレサの魂からほとばしる歌で
知らないうちに癒されるのではないか。

歌うことそのものも同じ。
声を出して自分とその空間を
共鳴させるということは
自分自身を大きく優しく
揺らすことに違いないのではないか

そんな癒しの力を強く感じました。

魂の歌を浴びること。
自分が魂から歌うこと。
それは必ず癒しになります。

歌ってお互いを癒しあうような時間、早く持ちたいですね。

ちなみに、この記事の裏面を個人ブログで書こうと思います。

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