日本人が洋楽を歌う時考えたい2つのこと


なぜ日本人は洋楽が好き?

この日本においては、
英語の歌、外国の歌を歌う方がカッコイイ!
そういう風潮が少なからずあります。

若いアイドルグループの追っかけをする
おっさん達はともかくとして、
ボーカルとして活動をしたり、
バンドをしたりする人たちの多くは、
自分のオリジナル曲が無い場合は
洋楽をコピー、もしくはカバーすることがとても多いです。

昭和の世代は特にそれが強かったような・・・
日本の曲に良い曲がないわけでは全くないのに。
不思議です。

戦後のアメリカによる教育も関係してるでしょう。
昭和の世代は、戦争直後でなくても
教育に於いてある意味洗脳もされてますしね。

一方、ビートルズという素晴らしいバンドや、
ベトナム戦争後の政治的社会的メッセージが強く
心に響く音楽が多く誕生したことなども
関係あるかもしれません。
今でも根強い人気を誇るバンドも80,90年台に
生まれていますし、ね。

 

洋楽を歌う時に大事な2つのポイント

私自身ずっと外国の歌を歌ってきました。
HipHopで黒人音楽にはまり、
R&Bやゴスペルを歌の入り口として歌ってきました。
今はブラジル音楽も手こずりながら歌っています。

私の周囲にいる音楽関係者や生徒さん関係も、
日本の曲より英語の曲を歌う方が
圧倒的に多いです。

洋楽独特のグルーヴ
軽快なリズムに
サウンドの重厚感
ソウルフルなフレーズ
どれもこれも魅力です。

その魅力にハマって
そういう音楽を好きになり、
歌い奏でることは素晴らしいこと。
でも、大事なことを忘れちゃいませんか?
とっても大事な2つのこと。

 

その国の文化に敬意を払う

オリジナルではなく
そして自分の国の音楽ではなく、
人様の国の文化を表した音楽を歌う場合、
最低限の敬意を払うべきです。
しっかりその文化や成り立ちを学び知ることは
とても大切なことではないでしょうか。

それは、私がゴスペルや、カンドンブレという
(ブラジルのアフリカ由来の土着の宗教)
黒人の奴隷の歴史や宗教色の強い音楽を
主に歌っているせいもあるかもしれません。

複雑で深い歴史の上に
成り立ってる音楽は
やはりそこを知らずして
歌うことはできません。

と言うより、
その歌を深く理解して歌おうと思ったら
自ずと突き詰めたくなるものです。

ダンスなども同様。
アフロブラジルユニットの
仲間のダンサーとも話すのですが、
そのダンスや音楽のルーツを
知らずにどうしてテクニックを磨けるのでしょう。

人様のお庭に土足でズカズカと
入り込むようなことは
私はしたくありません。

 

自分のルーツを、己を知る

お友達のFacebookタイムラインで
素晴らしい話を見かけました。

タヒチアンフェスで、重鎮の先生への質問。
タヒチアンダンスどうやったらうまくなりますか?
それに対し先生の答えがこうだったそうです。

タヒチアンダンスをうまくなりたいと思うなら、
まずは自国の文化を知ることです。
そして、それを愛し、敬い、尊び、そうすればきっと
タヒチアンダンスを上手に踊れるようになります。

この投稿見て感動しました。
まさに歌においても同じこと。

他国の国の音楽を歌うのであっても
まずは自分の国のルーツを知ること
己を知ることです。
自分のルーツを学び、愛し、リスペクトする。

そうすると、何を歌っても、
日本人としての出汁(だし)が
その曲の中に染み込んでいくのではないかしら。

 

まとめ

いくらゴスペルを完璧に歌っても
DNAにその歴史が入ってる
アフロアメリカンの人のようには
絶対に歌えません。

私達が日本人として他国の歌を
歌う意味は何なのか。

それは、自分の国の、そして相手の国の
文化を学び愛し敬うことで、きっと分かる。
自然とそこでジューシーな出汁が
(日本人だから肉汁ではないけど)
その歌から自然と溢れ出てくるのでしょう。

とは言えね、入り口はただ楽しいだけ、
だって構わない、、とも思う。
音楽との付き合い方において、
これが絶対正しい、なんてのは
無いと思うから。

でも、深く突き詰めてくると
やっぱりここにぶち当たる・・・

そんなことをいつも考えてるせいか
最近は日本の曲を歌ったり
洋楽に日本語をはめてみたり、してます。

そうすると、
日本語、というものもその音楽に乗せると
自由に操れてないことに気が付きます。

まだまだ学びは足りない。。
でも、ルーツを探る旅は
いつ始めたって遅くありません。

Let’s take a trip!